新しい井伊直政イメージ
『井伊直政 家康筆頭家臣への軌跡』を読まれた方は、これまで知られてきた井伊直政のイメージとは違うという印象を持たれたのではないでしょうか。
それは、一言で言えば元にした史料の違いです。
従来の直政イメージは、江戸時代より流布してきた「歴史書」、軍記、逸話に依っています。
江戸時代には、幕府や大名家で先祖の活躍を記した由緒書、家譜といった「歴史書」が作られますが、それらは史実を追究することが目的ではなく、先祖の活躍を述べるのが目的でした。そのため、史実ではないことも含まれています。
また、現代人が歴史小説・歴史ドラマが好きなように、江戸時代にも歴史上の人物や事件をもとに創作を加えたフィクションが多く作られ、広く読まれました。忠臣蔵などがその代表例でしょう。今よく知られている戦国武将のエピソードも、出典を探れば江戸時代に創られた逸話集などに描かれていることが多くあります。
それに対して、歴史学では、根拠とする史料も精査する「史料批判」が欠かせません。
昔書かれたものの中にも「フェイクニュース」があり、それを信用して使ってはいけないですから。
直政の幼少期は、わからない点が多いのですが、史料によって別々のことを言っているというという特徴もあります。どちらかが創作か、あるいはいずれも創作かもしれません。
そのため、別々の説がある場合は、できる限り両論を示しておきました。
特に、大河ドラマの「ネタ本」でもある「井伊家伝記」は、創作が多く含まれていると考えるので、そこで述べられている説は一つの説として挙げておきましたが、あまり採用していません。
「井伊家伝記」の史料批判は
「『井伊家伝記』の史料的性格」 (『彦根城博物館研究紀要』26号、2016年)
で論じています。
このあたりのことは2017年3月に浜松市博物館で話をしましたが、その時の講演録として活字化されています。
『平成28年度浜松市博物館テーマ展「井伊直虎と湖北の戦国時代」特別講座収録集』
(浜松市博物館、2017年)
大河ドラマの世界を史実と信じている人が著書を読むと混乱するかもしれません。
でも、この本を読もうという人は、大河ドラマでは描かれていない史実を求めていると思うので、大丈夫でしょう。
『井伊直政 家康筆頭家臣への軌跡』発行日によせて
本日10月10日は、『井伊直政 家康筆頭家臣への軌跡』の発行日です(実際はすでにできあがって販売開始されていますが)。
大河ドラマ「おんな城主 直虎」では、9月後半から直政の成長が話の主軸となってきています。ちょうどよいタイミングで出せました。
第3部(秀吉没後以降)は以前に書いた論文があり、それをベースに書いていきました。それに対して青年期・豊臣政権との関係は、近年研究が進んでいるところでもあり、先行研究を読み、史料を読み直しながら、新たに考えた部分が多いです。それでも、春から本格的に執筆を開始し、夏にすべて入稿、出版社の方も編集・校正をすばやくやっていただいて、8月末で校了しました。
完成した本が手もとに届いた日には、もう一冊の「直政本」も届きました。
こちらは、インタビュー形式で直政と井伊家についての私見を紹介していただいています。
執筆最中にインタビューを受けたので、考え方は一致しています。
200ページ以上の本を一気に読むのは大変だと思う方は、そのダイジェスト版として先に一読しておくと理解しやすいかもしれません。