彦根歴史研究の部屋

彦根や井伊家の歴史について、これまで発表してきた私見の紹介・補足説明・修正など。

井伊直政の菩提所 その6 護国殿

 江戸時代後期になると、新たに井伊直政らを祀る施設が彦根に建てられた。彦根藩によって清凉寺の境内に建てられた護国殿である。文化8年(1811)に完成した。

 ここで祀っているのは直政だけではない。中央に徳川家康の神牌が祀られ、その左に直政、右に直孝の木像が置かれた。
 直政・直孝は家康とともに神として祀られたことになる。これにより、直政と直孝の命日には、家臣たちが参詣するようになった。江戸時代後期になると、全国的に先祖を顕彰する意識が高まっており、彦根藩でも直政・直孝という藩祖2代を顕彰しようとして建てられたと考えられている。

 護国殿は、明治初年の神仏分離によって佐和山神社となったが、その後、昭和13年(1938)に井伊神社に合祀された。直政の坐像で井伊神社伝来のものがあるが、これが護国殿で祀られていた像にあたる。


 実は、護国殿の建物は現存している。
 福井県敦賀市にある天満神社の社殿である。空襲で焼失していた社殿に代わり、昭和35年に譲り受けて移築されたものという。